大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1684号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人が当審において拡張した請求を棄却する。

控訴(差戻前を含む)及び上告審の訴訟総費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は不法行為を原因とする第一次請求を取下げ、かつ遅延損害金の請求部分(原審では起算日を昭和三七年六月二一日とする。)を拡張の上「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金五二四万二、五一〇円及びこれに対する昭和三六年一一月二八日以降完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は全部被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、控訴人の前記訴の取下に同意した。

当事者双方の主張と証拠関係は次に記載するほかは原判決事実摘示の通りであるからこれを引用する。但し原判決四枚目裏三行目の「昭和二二年」とあるは誤記につきこれを「昭和二三年」と訂正し控訴人の不法行為を原因とする第一次請求の取下げに伴い、原判決の(請求原因)の欄第五項の記載を全部削除し、同欄の第六項を第五項に変更し、右変更後の第五項の冒頭の「仮りに右請求が認容されないとすれば」との記載を「よつて」と訂正し、(答弁)の欄の第五項を「同第五項の事実は否認する。」と訂正する。

一、控訴代理人は、

(一)  控訴人と被控訴人間の本件土地の賃貸借契約存続中、被控訴人は控訴人の賃借権保全のための適宜の措置を執ることなく昭和三六年一一月二五日訴外高橋に右土地を売渡し、同月二七日その所有権移転登記をすませたために同訴外人は控訴人の本件土地使用を認めず、その結果被控訴人が賃貸人として控訴人に対し本件土地を使用収益せしむべき義務は右一一月二七日履行不能となつたのである。仮に右日時に履行不能とならなかつたとしても、訴外高橋が右土地を更に訴外朴弘烈に譲渡し、昭和三七年三月一七日その所有権移転登記を経由したときに履行不能となつたものである。

(二)  損害金五二四万二、五一〇円に対する遅延損害金は従来の請求を拡張して履行不能の翌日である昭和三六年一一月二八日から請求する。

(三)  原判決の(答弁)の欄第二項における被控訴人の主張は否認する。被控訴人と高橋の間の売買代金が更地価格に比し低額であつたとしても、それは本件土地に賃借人がいることを理由に買主高橋から廉価に買い叩かれたものに過ぎず、これをもつて被控訴人がいうように控訴人との賃貸借契約上の賃貸人の地位が高橋に移転したとか、右地位を高橋に承継させる旨の第三者のための契約が締結されたとかはいえない。

と述べた。

二、被控訴代理人は、

(一)  被控訴人と訴外高橋正三間の本件土地の売買契約は買受人高橋が控訴人に対する賃貸人の地位を承継することを前提とし、かつこれを内容として締結されたものであることは当時の本件土地に対する更地の鑑定価格が金六九三万〇、四八三円であるのに売買価格がその三分の一弱に当る金二二〇万円であつたこと、訴外高橋が賃借権継続について控訴人と交渉することを約していたことなどからも明らかであつて、被控訴人は訴外高橋に賃貸人の地位を承継させているから、被控訴人の売却行為自体をもつて債務不履行であるというのは当らない。

(二)  控訴人が本件土地に対する賃借権を喪失したとすれば、それは訴外高橋が本件土地の所有権を取得後、これを訴外朴弘烈に売却するに際し、訴外朴に賃貸人の地位を承継させなかつた結果と、控訴人がその間に適切な手段を講じなかつたことによるものであり、被控訴人の訴外高橋に対する本件土地の売却が控訴人の借地権喪失との間に相当因果関係を有する義務違背行為であるとはいえない。また控訴人は訴外高橋が同朴に本件土地の所有権移転の登記をした時点をもつて被控訴人に債務不履行があつたと第二次的に主張するが、被控訴人は右登記に関与せず、その事実を予測し、または予測しうべき状況下にもなかつたのであるから被控訴人には債務不履行の責任はない。

と述べた。

三、控訴代理人は新たに甲第四ないし六号証同第七号証の一、二を提出し、鑑定人杉本治の鑑定結果並びに当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人は当審証人中島豊、同白石政治の各証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第四ないし六号証同第七号証の一、二の各成立を認めた。

理由

東京都荒川区尾久町一〇丁目一三六八番の三宅地五七坪六合一勺(以下本件土地という。)がもと被控訴人の所有で、昭和二三年五月二六日控訴人と被控訴人が同土地につき建物所有を目的とする賃貸借契約を結んだこと(本件借地権成立の事実)及び被控訴人が昭和三六年一一月二五日右土地を訴外高橋正三に売渡したことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第三ないし六号証と原審証人今井玉造、石毛勝利、原審及び当審証人中島豊、白石政治の各証言、原審及び当審における控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果並びに当審鑑定人杉本治の鑑定結果と弁論の全趣旨を綜合すると次の通り認められる。

控訴人被控訴人間の前示土地賃貸借契約では堅固の建物所有を目的とする旨の約定はなく賃貸借期間は二〇年、賃料は当初一ヶ月坪当り三円と定められ、当時被控訴人は本件土地を控訴人に引渡したのであるが、控訴人は爾来同地上に建物を建築することもなく空地の状態で放置していた。昭和二六年秋頃公租公課等の増額を理由に被控訴人が地代の増額を申入れたところ控訴人はこれに応ぜず、従前の契約賃料額を供託し、このような状態がその後一〇年余に亘つて継続した。被控訴人としては約定の賃料額ではようやく税金額を賄う程度に過ぎないので、むしろ本件土地を売却して営業資金に活用するに如かずとし、昭和三六年八・九月頃不動産仲介業者の訴外石毛勝利に対し、控訴人との賃貸借関係の内容、実情を告げ、本件土地を本件借地権付で、すなわち、控訴人との間の賃貸借関係を承継する負担付きで買受ける人がいたら仲介されたいと依頼した。その後石毛から同業者の中島豊、白石政治、須藤某の順にこの話が伝えられた結果、これら業者の仲介により、同年一一月二五日被控訴人と訴外高橋正三との間に、本件土地につき、本件借地権付で代金を二二〇万円とする売買契約が成立し、同月二七日高橋のため右売買を原因とする所有権移転登記が経由された、当時本件土地の更地価格は一般に坪当り一三万円程度と評価されていたが、被控訴人と高橋間の売買価格が右のように坪当り四万円足らずの低廉に定められたのは、借地権付売買であることを売買当事者双方とも十分諒承していたからであつて、右売買に当り高橋は、関係仲介業者に対し、斯かる売買を同人がなすのは本件借地権の残存期間が短いことに着目してのことであるように云い、且つ右売買により同人が承継する控訴人との賃貸借関係の今後のことは同人が直接控訴人と交渉する旨述べていたのである。しかるに右高橋は、その後間もなく本件土地が高橋に売却された旨を仄聞した控訴人において本件借地権の存在を表示すべく同年一二月初め頃本件土地に杭を打ち囲いを作り始めたのに対し、訴外朴弘烈(同人は昭和三六年一一月二七日に高橋のための前記所有権移転登記がなされたその日に、高橋から、本件土地について、元本極度額七〇〇万円とする根抵当権設定登記と右抵当債権に対する停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転仮登記を受けていた者である)と共に、この土地は自分らが買つた土地で、控訴人の賃借地はもつと後方になると称して控訴人の右杭打ちを妨害し、本件土地につき借地権を有するとの控訴人の主張を聞き入れなかつた。そこで控訴人は、登記簿により本件土地売買の事実を確かめた上、同一二月中に被控訴人方に赴いて事情を問い訊した。これに対し被控訴人は、本件土地を高橋に売渡したが、借地権付売買であるから、控訴人の借地権は存続している旨を告げると共に、控訴人としてもこれまでの態度を改めて新地主と話合つて円満にするようにと助言し、なお詳細の事情が知りたいなら前記の石毛勝利より聞くようにと指示した。しかし控訴人はその後右石毛より事情を聴取したり、高橋と更に交渉したりすることをせず、且つ本件借地権保全のため適切な措置をとることなく経過していたので、その間に、本件土地につき、昭和三七年三月一七日受付をもつて同日付売買を原因とする高橋から前記朴弘烈への所有権移転登記がなされ、そして、控訴人が同年五月頃本件土地に建物を建築しようとしたのに対し、控訴人の賃借権を否認する朴弘烈から立入禁止、工事禁止の仮処分を受けるに至つた。

以上の通り認められ、前掲控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定によれば被控訴人は本件土地を控訴人の本件借地権付で訴外高橋に売渡したもの、すなわち、高橋に対し本件土地の所有権とともに賃貸人の地位を譲渡する旨契約したものであると認められる。しかしてこの場合賃貸人の地位の譲渡はそれについて借地人の同意がなくても借地人に対し有効であると解すべきであるから、前記契約により本件土地についての賃貸人の地位は被控訴人から高橋に移転し、高橋と控訴人間に賃貸借関係が生ずるに至つたものというべきであり、控訴人主張のように被控訴人が本件土地を高橋に売渡したことによつて控訴人の本件借地権が喪失せしめられたものとは認められない。また右のように被控訴人において本件土地所有権とともに賃貸人の地位を併せ譲渡したものである以上、特段の事情のない限り、被控訴人には賃借人である控訴人に対し負担する目的物を使用、収益せしむべき義務について、債務不履行はないものというべく、控訴人が主張するように右地位の譲渡にあたり、その契約に控訴人を関与させ、或は控訴人の為に対抗要件を取得する便宜を与える等の措置をとる義務が被控訴人にあるものとは到底解し得ない。

更に控訴人が二次的に主張するように訴外高橋から朴弘烈に所有権移転登記がされた昭和三七年三月一七日に控訴人の本件借地権が消滅するに至つたとすれば、それは訴外高橋が朴に賃貸人の地位を承継させなかつた結果にほかならず、特段の事情なき限り、右借地権消滅について、被控訴人に債務不履行の責任を認めることはできない。これを要するに控訴人が永年に亘つて本件土地を空地のまま放置する等、その権利保全の措置を怠つたことがなかつたならば、本件におけるが如き結果は避けられたのであつて、被控訴人には何ら控訴人の主張するような債務不履行はないものといわねばならない。従つて、被控訴人に対し賃借権喪失に基きその価格相当金員の損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は、当審で拡張された部分を含め、すべて失当であり、右拡張部分を除く被控訴人の請求を棄却した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、右拡張請求は新たにこれを棄却すべきである。

よつて民訴法三八四条九五条九六条八九条に従い主文の通り判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例